山形青年会議所

出逢い
〜ひろがる縁 ひろがる未来〜

2020年度山形青年会議所概要

第64代理事長所信

公益社団法人山形青年会議所

2019年度 第64代理事長 手塚 孝樹

Be together
~共に歩まん~

1 はじめに

私は、20代前半に、アジアを中心に一人で旅行し、ボランティア活動をしていた時期がありました。実体験によって見識を深めることが必要と考えたからです。マザーテレサの開設した施設で障がい者支援などの活動を行ったり、深夜バスを乗り継いで国境を越えたりしていました。その中で私が学んだことは、人に影響を受けながら成長することのすばらしさであり、また、人に影響を与えることの重要性と責任の重さです。肩書きも社会的立場も何もない、生身の人と人とが接するなかで、また利害がない関係だからこそ、真の実力が試され、真の成長が望め、そして、真の友情を得ることができることです。それは青年会議所活動においても、学ばせて頂いているものでもあります。

歴史上の運動として「塩の行進」というものがあります。
1930年、当時イギリスの植民地であったインドにおいて、マハトマ・ガンジーが始めたものです。ガンジーとその支持者は、イギリス植民地政府による塩の専売に反対し、製塩のために内陸部から海岸までの約386キロメートルを行進しました。ガンジーとその支持者約80名で始まったこの行進は、目的地の海岸にたどり着いたときには数千人規模となっていたとされています。そして、この「塩の行進」は、インドの独立運動における重要な転換点となり、その後のインド独立とつながっていきます。
1955年、戦後復興から高度経済成長へと向かう山形において、33名の青年が愛する故郷のために志高く立ち上がりました。山形における青年会議所運動の始まりです。その運動は、それから63年という長きにわたり受け継がれ、現在までに650名を超える卒業生を輩出し、地域社会に多大な影響を与えております。
私は、連綿と続く山形青年会議所の運動を考えるとき、この「塩の行進」を思い出さずにいられません。志高い仲間から始まったものが、関わった多くの人たちに影響を与え、巻き込み、大きなうねりとなって社会を変えていきます。
我々は、「明るい豊かな社会」に向かって歩みを進めます。

 

2 共に歩む仲間たち

共に議論し、共に行動し、そして、共に感動を分かち合う。それが山形青年会議所の原動力であり大いなる魅力です。人に前向きな影響を与える能力を鍛え(修練)、それを地域活動において発揮する中で(奉仕)、我々は、かけがえのない一生の仲間を得ること(友情)ができます。
これらの魅力を最大限発揮するためには、山形青年会議所に多種多様な数多くのメンバーが所属している必要があります。組織を発展させていくためにもメンバーの確保は欠かせないものですが、それよりもまず、メンバー一人ひとりの飛躍的な成長のために、そして、一生続く友情のためにこそ、全メンバーが一体となって、会員拡大活動に注力する必要があります。
さらには、会員拡大活動を通じて、笑顔で前向きな山形青年会議所の活動・魅力を理解していただくことは、おのずと社会からの共感を呼び、メンバー数の増加につながるはずです。この拡大活動は、会員拡大のみならず、地域社会との一体感を醸成するためにも非常に有効な手段です。

 

3 未来を担う子ども達と共に

子どものころの経験は、その後の人生における選択の場において大きな影響を及ぼすものです。小さな成功体験を積み重ねていくことで、挑戦することに喜びを感じる人材の育成が求められています。そして、我々は、他者の気持ちを理解し様々な問題に対処できる子どもを育成し、子ども達の輝かしい希望や夢を創造していきます。
また、地域における人口減少や流出の原因の一つには、地域外に進学・就職した子ども達が地域に戻ってこないということが挙げられ、その解決のためには、未来を担う子ども達がやまがたのすばらしさを強く認識できるようにしなければなりません。子ども達が守るべきやまがたの大切な魅力を探求・発見して再認識することで豊かな地域社会を感じることができ、未来を担う子ども達へと継承されていくはずです。

 

4 市民と共に歩む山形大花火大会

全国的に地域の花火大会が中止や縮小となる傾向にあり、ニュースなどでも広く取り上げられています。その理由としては、人員的な問題、資金的な問題などがあります。
しかしながら、1980年以来、夏の風物詩として市民の皆様に支えられてきた山形大花火大会は、山形市・山形商工会議所のご協力、多くの市民・企業からのご支援、市民サポーター及び関係団体のご助力により、昨年も無事に開催することができました。これは、先輩諸兄が培ってきた市民の皆様からの信頼によるものであり、我々も、その信頼をしっかりと次世代に引き継いでいかなければなりません。
我々は、これまでのご支援・ご協力に深い感謝を込めつつ、観覧者に大きな感動と笑顔を与えることができる第40回山形大花火大会を開催します。今回は、40回目という記念すべき大会であり、新元号下で開催される初めての大会として、さらには、山形市の市制施行130周年とも重なる重要な大会です。市民参加型として進化する大会を目指し、魅力溢れる大会の構築を行います。

 

5 地域社会と共に

地域社会の構築は、行政、企業及び市民が一体となって行うものであり、行政はインフラ整備、企業は経済活動を通じた地域振興、そして、市民はコミュニティの形成や文化の継承にそれぞれ重要な役割を担っております。山形青年会議所は、市民と共にある団体であり、メンバーは企業や組織を代表する人材であり、行政機関と連携することが可能であることからすれば、地域社会の構築に最も適した団体の一つです。その適性を最大限発揮するために、メンバー一人ひとりが、地域社会の発展を担うリーダーとなる必要があり、地域を巻き込む力、人を動かすリーダーシップを身に着ける必要があります。
そして、やまがたには、山寺、霞城公園など歴史的・文化的資源、蔵王を始めとする豊かな自然環境、多くの農産物や特産品が豊富に存在します。我々は、これらの地域資源の背景や関連性を踏まえた上で訴求力のある新たなやまがたを創出します。

 

6 多くの仲間と共に

山形青年会議所は、全国大会やJCI ASPAC山形大会などの素晴らしい大会を誘致し成功を収めて参りました。本年は、JCI ASPAC山形大会から5周年、全国大会から20周年という年であり、我々は、それらの大会を成功させた経験を受け継ぎ、その実績を基礎に、さらなる運動へと展開していかなければなりません。先輩諸兄とは、これまで以上の多くの交流機会を頂戴し、輝かしい伝統に裏打ちされた力強い山形青年会議所を作り上げて参ります。
また、国際交流については、異なる歴史や文化・価値観に触れながら相互理解を深めることで各人の資質向上を図るほか、民間外交を通じて世界平和に貢献するという意味でも、非常に重要な要素です。2014年のJCI ASPAC山形大会開催を契機として、山形とアジア太平洋地域との関係がより密接なものになりました。台湾四維JC及び香港シティ・レディーJCとは、姉妹交流を軸にさらなる国際交流を図るとともに「アジアの中のYAMAGATA」としての地位をより確固としたものにします。
加えて、国内姉妹JCである倉敷青年会議所とは、良き理解者として、また、時にはライバルとして、これからも互いに切磋琢磨し合える関係を築いていきます。
2018年7月に発生した西日本豪雨災害において倉敷市は特に甚大な被害を受けました。東日本大震災を経験した山形青年会議所として、これまでの災害支援の経験を活かし、被災者に寄り添った災害支援を行っていきます。

 

7 ネットワークと共に

山形青年会議所は、山形県内で最初に創設された青年会議所であり、県都山形市で活動を行う団体であり、これまでの責任感と行動の積み重ねによって、山形ブロック協議会におけるキャピタルLOMとしての価値を高めてきました。今後も、責任ある立場を認識し、山形ブロック協議会及び県内16LOMとの連携を深めて参ります。
青年会議所での各種大会は多くの気づきを得ることができます。各種大会は、山形青年会議所の価値観と運動を伝える大切な舞台と手段であり、多くのメンバーで積極的な参加と交流を図りながら国内外に広がるネットワークをさらに広げて参ります。
我々が日々取り組んでいる活動や運動を常に発信し続けることが重要です。発信を通じて、関心や共感をもっていただく方が一人でも多くなれば、このまちが、ひとが、そして山形青年会議所が必ずやより良いものへと進化を遂げるはずです。
また、強固な基礎がなければ、高みを目指すことなどはできないのであって、組織の根幹となる総務事務については、より正確に、より効率的に行う必要があります。各コミュニケーションツールを利用しつつも、それのみに頼るのではなく、人と人とのつながりを意識した運営を展開していきます。

 

8 共に歩まん~大きなうねりとなって~

公益社団法人山形青年会議所創立60周年提言「BRIDGE」において、我々は、以下のとおり宣言しました。

今、我々山形青年会議所は、橋を架けます。
向こう岸にあるのは、子ども達の笑顔であり、明るい未来です。
向こう岸にあるのは、成熟した地域社会と文化であり、豊かな社会です。
向こう岸にあるのは、日本全国、世界各地であり、それらの人々が集う場所です。
山形青年会議所は、橋を架けます。
理想とする山形へ、なにものにも揺るがない情熱をもって。

本年も、これまで築いてきた架け橋をさらに強固なものとしなければなりません。

我々は、やまがたに生きる20歳から40歳の青年であり、仕事の関係においても、地域との関係においても、また、家庭においても、その中核をなす存在です。その我々自身が、明るく元気に前向きでなければ、明るい豊かな社会を築き上げることも、地域社会の発展を図ることもできるはずがありません。ただそのためには、時として試練に立ち向かうことも必要となります。多くの困難を乗り越えた経験がなければ、明るく元気に前向きな考えを維持することはできないからです。
もしかしたら、我々の一歩は短く、多くの困難が立ちふさがり、目的地に着くには多くの時間を要するかもしれません。道半ばで歩みを止めたくなるときもあるかもしれませんし、地域社会は劇的に変化しないかもしれません。
しかし、ガンジーも言っています。「善きことはカタツムリの速度で動く」と。良い変化とは絶え間ない運動によってしか得られないものであり、後ろではなく前にあるものです。

63年前に33名から始まった山形青年会議所の運動は、今、我々の手に託されました。我々は、メンバー全員で歩みを始めます。その一歩は小さな一歩でしょう。しかし、その一歩は、たくさんの仲間たちと尊敬すべき先輩諸兄との歩みとなり、多くの市民や関係団体の皆様との歩みとなり、そして、大きなうねりとなって、必ずや、このやまがたをより前向きで明るい豊かな社会に変えていきます。私はそう信じています。
Be together 遥かなる理想の海岸に向かって、いざ、共に歩まん。